一発逆転の留学

2年近くマンハッタンで生活している間、「危ない目にあった」ことは一度もない。 治安がよくなったのは、1993年から市長になったJ氏が、警官の数を大幅に増やしたためだといわれている。
確かに、公園も繁華街も、いたるところ警官だらけという感じがする。 Nによれば、コンピュータで犯罪や犯人の傾向を徹底分析し、犯罪の多発する地域や時間帯に警官を重点配置することで、犯罪予防に効果をあげていること。
すぐ捕まるので、「犯罪は割に合わない」と、ワルたちが思い始めていること。 そしてややシニカルな見方として、ニューヨークで本当に悪いヤシは、すでに死んでいるか刑務所に入っているからだ、というのである。
長いことニューヨークに住んでいる、Tで働くキムという女性も、以前ニューヨークでは地下鉄とバスで使用されるが、今ではプリペイドカードが普及している。 乗り換え後は無料になるなど、改善が進んでいる。
暗くなると絶対歩いて帰らなかった。 必ずタクシーを使ったけれど、今は大丈夫、と言っている。

会社はミッドタウンの西のはずれにあり、実際その周辺は、いかにも「場末」といったムードが漂い、建物も荒れたままになっていたりして、あまり感じがよいとはいえない。 でも、数年前よりはずいぶん明るい感じになったという。
さて、私はいったいどこに住めばよいのか?ひと昔前の、ニューヨークが本当に「こわい街」だった時代には、日本人のビジネスマンは、ほとんど「アッパーイーストサイド」か、グランドセントラル駅の周辺にしか住まなかったらしい。 観光客としてセントラルパークの東側を散歩したとき、格式の高そうなアパートの玄関の奥に白い手袋をはめたドアマンが、人の出入りに目を光らせている様子を覗き見て、こんな高級アパートにはどういう金持ちが住んでいるのだろうか、と想像したことがあった。
アッパーイーストサイドというのは、以前から上品な、はっきりいえば白人のエスタブリッシュメントが住む地域、というイメージがある。 マンハッタンの中では比較的安全なので、日本人の企業駐在員も好んで住むようになったようだ。
一方グランドセントラル駅周辺というのは、日系企業の支社が多いので、「なるべく外を歩かずに済むように」このへんに住居を構える人が多かったのではないだろうか。 家を見つけるには、新聞広告を見て直接大家を訪ね交渉する方法が、仲介手数料もかからずいちばん得だと聞いてはいた。
しかし言葉にやはり不安があるし、よくわからないうちにあとでギョッとするような条件を飲まされていた、私がニューヨーク暮らしを始めた1996年には、もうそんなことに神経質になる必要はまったくなかった。 C大学は26丁目とブロードウェイが交差するあたり、つまり、マンハッタンの中では比較的北で西の方角に位置している。
大学に通う便利さからは、圧倒的にウエストサイドがよかった。 それに、街のムードの点でも、イーストよりウエストの方が好きになれそうだった。
その点ウエストサイドは、いろいろな人種が混在していて面白そうだった。 いかにも「ニューヨークに住んでいる」という気分を味わえそうな気がした。
実際、ウォール街あたりで成功している「ヤッピー」たちの間での人気も、最近はアッパーウエストに集中しているらしい。 なんてことにはなりたくなかったので、やはり日系の不動産業者に頼むことにした。

二日間で6つの物件をまわり、多少とも気に入ったところはあとでそっと一人でもう一度近所の雰囲気などを見に行き、結局ミッドタウンの背の高い焦げ茶色のビルに決めた。 玄関ロビーの感じが、まずよかった。
ニューヨークで、ドアマンがいるようなきちんとしたアパートは、どちらかというと、エントランスが金ピカの派手な作りになっているのが多い。 あの有名なD氏所有のアパートというのも見たが、入り口があまりにきらびやかで、友だちをつれてくるのも気恥ずかしいくらいの豪華さであった。
実際、知り合いがそこに住んでいるが、普段着だとなんだか気後れして恥ずかしいので、いつも裏口から出入りしていると言っていた。 しかし、この「シェフィールド」というビルは落ち着いたオーク材の内装で、華やかではないがとても感じがよかった。
私が「怪しげに」玄関を覗いていたら、若い黒人のドアマンが、何か用ですか、ときいてきた。 私は、ここに住むかどうか考えているの、と答えた。
彼の感じも高飛車なところがなくてよかったので、ほぼこれで私の希望は固まった。 周囲もじっくり観察した。
セントラルパークには歩いて2分くらいである。 便利なヨロンバスサークル」の駅からほとんど歩かずに済むこと、近所に24時間営業のデリやファーストフード店、それにちょっとしたレストランが多いことが気に入った。
寒がりで無精者という自分の性格をよく知っているからだ。 部屋そのものも完璧で、ベッドを置くスペースがちょっと引っ込んでいる「アルコーブ」付きの広いステューディオ。
日本で言うところの「ワンルームマンション」である。 窓からはよそのビルの時計と温度表示の電光板が見え、とても便利。
50階建ての22階、南向きの部屋は日当り良好。 眺望が開けているとはいえないが、周囲を高層ビルに囲まれた「シティ・ビュー」は、いかにもマンハッタンのど真ん中に住んでいる、といった気分にさせてくれる。
最上階にはスポーツジムがあって、ランニングマシンで走ると、ちょうど正面、遠くの方に自由の女神が見える。 ニューヨークと東京はどっちが賃貸料が高いの?とよくきかれる。

私は、やはり東京だと思う。 この部屋と同じ広さ、便利さの部屋を東京で借りたら、二倍は取られるだろう(そもそも、一部屋がこんなに大きい間取りは、日本のアパートにはほとんど存在しない)。
そして、カーネギーホールやリンカーンセンターにも、ブロードウェイ・ミュージカルにもロックフェラーセンターあたりの5番街にも、徒歩で行けるという立地。 月々1540ドルは決して安いとはいえないが、こんな「文化的な」ぜいたくは、日本では同じ値段では味わえないと思った。
ついたてで仕切って別室のように使用できる。 会社派遣で来ている人などは、私よりもっとずっと広くてデラックスなアパートを借りている場合が多いから、彼らが「帰りたくない」と言ってため息をつくのは、とてもよくわかる。
なお、「学生寮に住む」という選択肢は思い浮かばなかったのか、と不思議に思われるかもしれない。 正直なところ、私は一般の大学院生のように、授業と図書館と寮の三角形を行ったり来たりの、勉強だけの毎日を送るつもりがなかった。
というのは、フェローのよさは、大学のアカデミズムと「世俗の」社会との両方に接点をもって暮らせるところだからだ。 授業はできる限り聴きたいし、各国からの学生とも交流したい。
それを十分に準備するための勉強を怠りたくはない。 しかし、学園に限らず幅広く、いろいろな人と会って自分の視野を広げていきたいというのが、私の理想であった。
それができることが、ニューヨークの素晴しさだとも思っていた。 この街の空気自体からあらゆるものを吸収するのが、私のもっとも大きな留学目的といってもよいほどだった。

だから、私はマンハッタンの真ん中、ミッドタウンに住むことにしたのだ。

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